第33話 アーネスカの秘策 | |
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第34話 裸の暴君 | |
第35話 答え無き問い | |
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第34話キノコ雲が発生するほどの大爆発。 炎に包まれ居住としての機能を停止してしまった家屋。 焼けただれた死体の群。 そんな地獄を駆け抜ける者達がいた。 ネルとバゼルとシャロンの3人である。 ネルは先行して先にとある場所へ向かった。バゼルとシャロンは自分達を追ってくる火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》こと、ラーグを誘導することが目的だ。 ラーグの目的は自らの攻撃を幾度となく妨害したシャロンだった。 つまり、シャロンがやられてしまえば、ラーグはそれ以降、何を目的に行動するかわからない。 だから、シャロンが囮《おとり》になってラーグを誘導する役割を負うことになったのだ。 しかし、人間の姿を解除したラーグの足は、バゼルの足より速く、危うく追いつかれるところだった。 それを阻止したのは、褐色の肌を持つ少女、エメリスだった。 彼女は突如として現れ、シャロン同様、光の壁を発生させ、ラーグの進路を一時的に妨害した。 が、あくまで一時的なものに過ぎない。 眼前の亜人を倒すためには、ある場所に誘導しなければならない。 つい先ほどバゼルがシャロンとネルに対してだけ話した内容をなぜかエメリスは理解していた。 エメリス自身、自分1人で炎を身にまとう眼前の亜人を倒す自信などない。 だから、バゼルの作戦を成功させる手助けをするのだ。 『邪魔スルンジャネェ! クソガキ!』 全身の斑《まだら》模様から怒りの炎を噴出させながらエメリスを追うラーグ。 エメリスは人間をはるかに上回る運動神経で走りながら、ときおり光の壁を出現させてラーグの進行を阻止する。 強固な光の壁はラーグが力付くで破壊できるほど柔なものではない。ひょっとしたらラーグが本気で体当たりでもすれば破壊できるかもしれないが、エメリスはラーグに本気を出される前に光の壁を解除するので、力付くで破壊されることは基本的にない。 エメリスは気まぐれな小悪魔のごとくラーグを翻弄する。バゼル達の姿を見失わせないように。同時に、自分との距離を開かせすぎず、近すぎず。 そのような芸当は簡単にできるものではない。エメリス本人はそのようには思っていないかもしれないが。 ラーグが立ち止まる。そして、大きく息を吸い込んで肺に酸素を取り込む。 「――!」 エメリスは即座に反応する。 そのモーションが何を意味しているのか即座に理解し、今までとは別の光の壁を展開する。 ラーグの進撃そのものを止めるような巨大なものではない。それよりもずっとサイズが小さな『光の板』だ。 それをシャロンのように、何重にも重ねてそれをラーグの顔面目掛けて『発射』する。 それはまるでびっくり箱のようだった。無数の光の板をバネのようにして発射されたそれは、ラーグの顔面を直撃した。 『ブフェ……!?』 大砲になるはずだった炎の息は、真上に向かって発射される火炎放射になって、そのほとんどは発散された。 まるで遊ばれているかのような感覚に、ラーグはさらにイライラを募らせる。 『……コノガキ……!!』 言葉にすることさえ面倒くさい。元より血の気は多いのだ。しゃべる時間は敵の抹殺に当てるべし。ラーグは多くを語らずにエメリスを抹殺のターゲットに変えた。 エメリスはラーグと距離をあける。跳躍するかのように走りながら、ラーグを誘い込む。 ラーグはただひたすらに走る。猛牛の如く頭に血の上った彼に、冷静な判断力は皆無に等しかった。 ――俺ヲ舐ルナ。俺ヲ舐ルナ。俺ヲ舐ルナ。俺ヲ舐ルナ俺ヲ舐ルナ俺ヲ舐ルナ俺ヲ舐ルナ俺ヲ舐ルナ――――――――――――――!! 怒りに身を任せ、ラーグは高々と跳躍した。エメリスの予想を上回る跳躍は、エメリスのみならず、その背後にいたバゼルとシャロンをも飛び越えた。 「なんだと!?」 突如として立ちはだかる巨大な火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》。 お互いの距離は近く、シャロンを抱えた状態のバゼルはすぐさま攻撃態勢に移ることができない。 『殺ス!』 「くっ……!」 シャロンはバゼルの肩から降りる。そしてすぐさま光の壁を展開した。 『無駄ダ、クソガキ!!』 ラーグは間髪入れず、火炎放射を光の壁目掛けて放つ。 人間の姿を捨てたラーグの火炎放射。熱だけではなく放射する威力さえも大幅にパワーアップしており、シャロンの魔力で作られた光の壁は真っ赤に染まる。 「あ、熱い……!」 苦悶の表情を浮かべるシャロン。光の壁が破られるのは時間の問題だった。 その時。 「……!」 シャロンの横にエメリスが並ぶ。そして右手を、シャロンの光の壁目掛けてかざした。 次の刹那。巨大な衝撃が光の壁目掛けて放たれた。 その力が風の力によるものか、それとも別の力によるものかはわからない。衝撃は、シャロンの作り出した光の壁を押し出し、ラーグの顔面に当たる。 『グウゥウ……!!』 顔面に衝突した光の壁により、炎が途切れ、ラーグに隙が生まれる。 「今だ!」 バゼルがシャロンを抱え上げ、ラーグの横を走り抜ける。 それを見逃すまいと視線を走らせるラーグ。しかし、エメリスは再び右手をかざしラーグの顔面に先ほどと同じ衝撃を放つ。 拳とはまた違った力で強く殴られた感覚がラーグを襲う。人間に使えば即死は免れないであろうほどの衝撃で、ラーグは仰向けに倒れる。 そして、エメリスもバゼルとともに、ラーグの横を走り抜ける。 ラーグは仰向けになった体を反転させ、ゆっくりと立ち上がる。 『オノレ……ガキ共が!』 エメリスの攻撃がどの程度通用しているのかは、見た感じわからない。しかし、動きを止めるほどのダメージには至っていないようだ。 怒りに身を任せ、ラーグは再びエメリス達を追った。 エルノクは海の上に立つ国だ。当然ながら、海水に囲まれている。しかし、人間は海水をそのまま飲むことは出来ない。何らかの方法で蒸留しない限りは。 海上国家エルノクの水源は当然ながら海水である。その海水を汲み上げ、蒸留することで町中の水道を通って各家庭、各地域へ飲み水が届けられる。 エルノク首都アルテノスは東西南北がきれいに地区ごとに分かれている。その4つの地区には、それぞれ蒸留した水を溜め込んでおくための貯水槽が作られている。 町中にいきわたる水だから、その大きさもまたとてつもない。全長数10メートル級《クラス》の竜《ドラゴン》がダース単位で雑魚寝が出来るといえば、その大きさも想像が付くであろう。 ネルはその貯水槽を背に、バゼル達を待っていた。背後の貯水槽には大きなヒビが入っている。もちろん、元から付いていたものではない。 ネルが自身の拳によって入れたものだ。いつでも貯水槽を決壊させられるように。 「来た!」 ネルの視線に、バゼル達の姿が映る。その背後には、倒すべき亜人、ラーグの姿も。1人見たことの無い人間もいるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。 『追イ詰メタゾ……ガキ共!!』 ラーグが吼える。 貯水槽とアルテノスの町は1本の巨大な橋が繋がっているのみだ。万が一決壊した時に、あふれ出した水を海に流し、他の一般の家を巻き込まないようにするために。 確かにラーグが橋の前に立ち塞がっていればバゼル達に逃げ場は無く、貯水槽の周囲を逃げ回ることしか出来なくなる。 しかし、ラーグは知らない。自らの目の前に大量の水があることを。 全員が緊張の面持ちでラーグを睨む。状況は一見すると、バゼル達が不利だ。 『ワザワザ自分カラ逃ゲ場ノナイ所へヤッテクルトハナ……。鼻ノ利カナイ人間ジャア仕方ノ無イコトカ……』 「フン……俺の目には、貴様の方が鼻が利いていないのではないかと思うがな……」 バゼルは笑った。鼻だけに鼻で。 『ナニィ……?』 それは明らかな挑発だった。火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》の鼻がどれほど利くかなど、バゼルは知らない。しかし、嗅覚にかけての自信は他の亜人よりはあるつもりだった。 「貴様も亜人ならば、もう少し鼻を使うべきだったな……お前にもう勝機は無い」 『ケッ……強ガンジャネェヨ……。触レモシナイ俺様ヲ、ドウヤッテ潰スツモリナンダ?』 「何を言う……? 貴様……今でもあの大砲を放てると思っているのか?」 『ドウイウ意味ダ?』 「そのままの意味だ……」 全員がバゼルの次の言葉を待つ。バゼルは明らかにラーグを自らの口車に乗せようとしている。 「なんなら試してみるがいい……。お前にはもう、あの大砲を撃つことは出来ん」 『言ワセテオケバ……!』 亜人としてのプライド。否、火山竜《ヴォルケイス・ドラゴン》としてのプライド。バゼルの言葉はそれをこごとごく傷つけるものだった。 『試シテヤロウジャナイカ! 後悔スルナヨ!!』 ラーグは口を大きく開き息を吸い込む。肺に酸素が取り込まれる。取り込まれた酸素は口内で炎に変わり、ラーグはバゼル達目掛けて口を大きく開き、炎の大砲を発射する体勢になった。 「今だ! 散開しろぉ!!」 ネルとシャロン、バゼルとエメリスがそれぞれ左右に散る。 ラーグの炎の大砲はその直後に放たれた。 強烈な衝撃と熱が発生する。4人はその衝撃で大きく左右に吹っ飛ばされた。 同時に。 『ナッ……!?』 決壊した貯水槽から流れ出た大量の水が、津波となってラーグに襲い掛かった。 あまりに予想外な展開に、ラーグは反応できない。この時になってラーグはようやく気づいた。自分が誘導されていたことを。このために彼らが逃げていたのだということを。 『グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 全身から蒸気が噴出す。しかし、それすら津波に飲み込まれ、全身から放っていた熱と炎は一瞬にして消化されていく。 『コ、コンナ……』 津波を受けたラーグは自分が走ってきた橋の上まで押し戻される。 『バカナ……!!』 全身から炎を噴出し、触ることすら出来なかったラーグは、今この瞬間丸裸も同然になったのだ。 呆然とするラーグ。しかし、そうしている時間はほとんど無かった。 バゼルとネル、そしてエメリスの3人が同時に襲ってきたからだ。 「サイクロン・マグナム!」 ネルが先行してラーグの腹を殴りつける。 『グウ……!!』 衝撃で交代するラーグ。今まで炎をまとった状態で戦ってきた彼が、人間に殴られることなど初めてだった。 『チ、チクショ……!?』 瞬間、バゼルの手がラーグの視界を遮った。 バゼルは大きく跳躍し、ラーグの頭を掴んだのだ。 「ヌェイ!!」 そして、後頭部から地面に叩き付ける。 「ウオオオオオオオオオオオオ!!」 その直後、ネルが高々とかかとを振り上げ、ラーグの腹目掛けて落とす。 それを食らうまいと、ぐるりと転がり、素早く起き上がる。 『コ、コノ俺ガ……!』 しかし、ラーグの言葉はそれ以上は続かなかった。 エメリスの不可視の衝撃波が、ラーグを吹っ飛ばしたからだ。 立て続けの連続攻撃。攻撃と防御の術を同時に失ったラーグに、反撃の術は無かった。 『ウ……グウ……』 痛みで体が動かなくなってくる。立ち上がったところで、倒すべき敵は今だ健在。ラーグは思い知らされた。 己の弱さを。 レジーやゴードほどではないにしろ、人間に殺されることなど万に一つもありえないと思っていた。そんな自分が全身の炎を消化されただけで成す術も無く攻撃を受けている。 確かに亜人としての身体能力は人間を凌駕していただろう。しかし、それ以上ではなかった。生まれ持った能力に頼り切っていたラーグに、それ以上の力などなかったのだ。 『……!』 バゼルが走り寄ってくる。朦朧とした意識では、頭が働かない。ラーグが何かしら動くより速く、バゼルは跳躍していた。 バゼルは宙を舞いながら、その手で再びラーグの頭を掴んだ。しかし、ただ、掴んだわけではない。人差し指から小指までの爪はラーグの首にあてがわれた。 その爪が首に食い込んでいく。そして、バゼルはラーグが声を上げる隙すら与えず。 ――その首を力づくで引き千切った。 バゼルが地に足をつけていた時には、ラーグは絶命していた。 彼の右手にはラーグの首がある。その胴体は血液を撒き散らす噴水へとその姿を変えていた。 その瞬間は一瞬だった。ラーグは悲鳴を上げることすらできずにその命を奪われた。 「亜人はお前が思っているほど素晴らしくは無い。亜人であるが故の傲慢に囚われたお前じゃあ、新たな世界など作れまいよ」 バゼルは無表情のまま、誰に言い聞かせるでもなくそう呟いた。 そう。亜人であることは別に特別なことではない。人間で言う、才能と言う言葉と同じくらい意味が無い。問題なのは、それをどう使うかなのだ。 竜《ドラゴン》のような生物が人間より力のある存在であることと同じだ。その力が何のために存在し、何のために使うのか。無作為にそれを振るうだけでは、己の力を無意味に誇示することにしかならない。 しかし、そんなことにどれだけの価値があるだろう。 「バゼルさん!」 「!」 ネルとシャロンが駆け寄ってくる。バゼルは適当にラーグの首を投げ飛ばした。 「殺したの?」 シャロンが問う。 「ああ。今の人間に、これだけの力を封じておくことは難しいだろうからな。人間社会を守るためには致し方ないさ……」 「……」 シャロンは血液を撒き散らすラーグを見た。それは見ていて決して気分のいいものではない。 しかし、思う。 1歩間違えれば、自分もこんな死に方をしていたのではないかと。 自分が人間に牙を向く殺人鬼と化せば、こうやって殺意を向けられ殺される立場になっていただろう。 そう思うからこそ、彼女はラーグに同情せざるを得ない。人を憎む道さえ選ばなければ、あるいは別の人生を歩むことが出来のではないかと思うから。 「……」 ネルはシャロンがどのような思いを抱いているか知らず、黙って見つめている。そして、バゼルに向き直った。 「バゼルさん。あなたは今まで、こうやって人間を守ってきたんですか?」 責めるわけでもなく、いかなる感情を示すことも無く、ネルはバゼルにそう問う。 「まあな。全ての亜人が人間と共存できるわけではない。人間への憎しみ。それが強ければ強いほど、人間のことを理解することは困難となる。どういう理由でかは知らないが、亜人は本能で人間を憎んでいる。 火乃木や我々のように、人間に心を許せる亜人など、実のところほとんどいないのだ。1度は人間に心を許したはずの亜人でさえ、人間に反旗を翻すことがある。そうなってしまった亜人や、元より強大すぎる力を持った亜人からは、命を奪うという形でしか人間を守ることは出来ない。だから俺は必要があるのなら、亜人だって殺す」 「でも……それって矛盾していませんか?」 「何がだ?」 「だって、亜人と共存するために戦っているのに、亜人の命を奪うことも必要だなんて……」 「それは奇麗事だ……」 バゼルはネルの意見をあっさりと否定する。 「人間だって互いの意見に齟齬《そご》が発生する場合、傷つけあうこともあるではないか。酷い場合は戦争と言う形に発展することすらある。人間同士で互いを憎みあうことと、亜人同士で互いを傷つけあうことと、一体どこが違う?」 「……なんて」 バゼルの答えはネルが思っていた以上に残酷で、殺伐としていた。 零児はそんな世界に自ら身を投じようとしている。果たして、零児はそのような形で人間と亜人の共存を叶えたいと思うだろうか? 「ところで……あの女はどうした?」 「え? あ……」 ネルとバゼルは辺りを見渡す。自分達と戦ってくれた、エメラルドグリーンの髪の毛の少女。 その姿はどこにも見当たらない。 「せめて礼を言いたかったのだがな……」 「ううん……」 その時、今まで沈黙していたシャロンが口を開いた。 「きっとまた会える。私達が戦っている間なら……」 「……? まるであの女のことを知っているみたいな口ぶりだな?」 「ううん……よくは知らない。でも多分……私はあの人を知っている……」 「そうか……」 いささか疑問は残るが、バゼルがそれを知ろうと知るまいとさして関係は無い。 「そろそろ行くぞ。この事態を収めるためにな」 シャロンとネルははっきりと頷いた。 |
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